2009年09月03日
はじめに 【走る社長.com】
2008年暮れ、某日。東京・目黒にて。
ビジネスでかれこれ5年ほどお付き合い頂いているW社様主催の忘年会に参加させて頂いた私。通算3回目の参加だろうか。
美味しいお食事、そして、お酒も進み、ちょっとほろ酔い気分になってきた頃、W社の皆様がその年の11月末に参加された「河口湖マラソン(42.195km)」の話題になる。※本大会の正式名称は「河口湖日刊スポーツマラソン」。
正直、学生の頃から、陸上競技は勿論のこと、特にマラソンのような“長距離走”は、大を3つ以上はつけたいほどに大大大嫌いなジャンルのスポーツだった為、自分には無縁の話として、失礼ながら、半分うわの空でその話に耳を傾けていたような記憶がある。
何故長距離走が嫌いなのかは、言うまでもなく、苦しいし、疲れるから。と言っても、実際にマラソンをしたことはないので、あくまでそんなイメージということ。きっと、「フルマラソンに出場するなんて、今まで一度も考えたことがないよ」という、膨大な数のマラソン未経験者が抱く思いや理由とほぼ同じだと思う。
ちなみに、一応申し上げておきたいのだが、私はスポーツが決して苦手なわけではない。と、自分では思っている。幼少の頃から、水泳、野球、テニス、卓球、バレーボールと、まあそれはそれは様々なスポーツをそれなりにやってきた。数は少ないけれど、自慢話だってある。中学時代─確か中学2年生の夏だったと思うが─体育の授業の際に、男女関係なく、クラスの全員が半強制的に「ケンスイ(=鉄棒にぶら下がり腕の力だけで体を上に持ち上げる競技(?))」をやらされた。ほとんどのクラスメイトが10回もできずに鉄棒から手を離し、足元にある砂場へ落ちてしまう中、私だけが突出して32回もできた。それは校内で1位の記録であると、教師に言われたのを覚えている。あと1つ。これも中学3年の体育の授業でのエピソード。走り高跳びで、クラスメイト全員中、もっとも高い高さのバーを飛んだのは私である。ちなみに、背の高さは前から3番目くらいだったから、小さい割りに“よく飛ぶ生徒”だったに違いない。そんな自慢話はあるにせよ、この頃から長距離走は大大大嫌いだったし、大の苦手だった。
河口湖マラソンの話に戻そう。
お酒が入り、ちょっとほろ酔い気分だったせいもあって、その時のシチュエーションをはっきり正確には覚えていないが、たしか、W社T社長が私に、
「あっちゃんも来年走ってみる?」
なんて、(たぶん)半分冗談まじりで言ったような。それに対して私が即答した言葉。何故かその言葉だけは今でもはっきりと覚えている。
「やってみますか」
勿論、この言葉も、半分冗談・半分本気だった(ような)。
酒の席とは言え、随分と大それたことを言ったもんである。毎日事務所の椅子に座りどおしで、パソコンと睨めっこをしているような仕事を9年も続けている。更に、自宅から会社事務所まで、スクーターで7、8分ちょいの楽チン出勤。大混雑する通勤電車なんて、私にとっては別世界の代物である(ちなみに、かつてサラリーマン経験も4年ほどあるので、満員電車通勤をしたことがないわけではない)。1日の平均歩数も、きっと1,000歩を上回ることなんてまずないのでは?と推測できるほどの、まさに万年運動不足野郎である。他人から見たら、「あの人、間違いなくメタボまっしぐら状態だね」だろう。そんな私がフルマラソンを走るなんて、はっきり言って無謀であり、夢物語であり、「やってみますか」なんて言葉は、まるで他人の口から出たか、夢の中で言ったようにすら感じる。
しかしながら、私の性格上、言ったことは必ずやる、又は、せめてできる限りのことはする、というのが、日常的な揺ぎ無いモットーである為、心の中では「あー、言っちゃったよ・・・」と思いつつも、一方では、ヒトカケラ程度の「やってやろーじゃないか!」という想いがそこに生まれた瞬間だったことに間違はないだろう。
年が明け、2009年1月10日。
この日が、2009年11月29日開催の河口湖マラソン出場に向けた、記念すべきトレーニング開始日である。
200mほど走っただけで息が切れて、歩いてしまうという散々な状態。何とかかんとか、3、4kmは走った。いや、歩いた。そんな結果だった。初日だと言うのに、この時点で既に心が折れかけたのを覚えている。「私にはマラソンは無理かな・・・」と。いずれにしても、私にとっては、忘れようにも忘れられない日である。
そんな、箸にも棒にもかからないような状態だったから、この日の時点では、まさか、今日(2009年9月3日)までトレーニングをし続けており、累計420km以上を走破しているなんて思いもしなかった。先月8月には、いよいよ本気モードに突入した感ありで、1ヶ月間で141kmを走った。恐らく、これまでの人生で最も走った1ヶ月間であることに間違いない。9月は150km以上を走ろうと心に決めている。又、まだ河口湖マラソン出場前段階だと言うのに、既に2010年2月29日開催の「東京マラソン」にまでエントリーしてしまう始末・・・。甚だ、自分でも信じがたい現実がここにある。密かに、「サロマ湖100kmウルトラマラソン」にいつか出場してやる!とまで考えはじめているくらい。自分で言うのも変な話ではあるが、「オレ。一体どうしちゃったんだろう?」というのが正直な今の心境である。
いずれにしても、今の私は、完全に“走ること”に陶酔しきってしまった。たしかに、走るということは、事前の予想どおり、いや、予想以上に苦しいものだった。しかし、今では、そこに爽快さを見出している。走り切った後の達成感に病みつきになっている。息が切れ、それまでには走ることができなかった距離の壁をちょっとずつ破れるようになってゆく自分の変化に驚いているし、それを楽しんでいる。そして、今後も更にトレーニングを積んでいった先の未来にいる自分の姿に期待すらしている。間違いなく、肉体的にも精神的にも、今よりも遥かに強靭になっている自分が、そこにはいるはずだ。
今現在の私の年齢。35歳と2ヶ月ちょい。小さな小さなIT系企業(株式会社ネットアロー)の経営者という立場で、日々それなりに忙しい毎日を送りつつも、仕事後、ランニングウェアとシューズを身にまとい、疲れた体に鞭打って、自宅近くの浅川土手に走りに出る。休みの日も、飽きずに黙々と走る。走る。走る。今、もしも、「苦しいし、疲れるのに、なぜそこまで走るの?」という問いを他人に投げかけられたとしたら、今のところはっきりとした答えは出ない。いや、出ないというより、まだ無い。これが今の私の心境を表す的確な表現であろう。でも、明くる日も明くる日も、我慢強く、ひたすらに走り続けていくことで、いつの日にか、その価値や意味が自分の心の中でぱっと明確化されるような気がしている。万が一ではあるが、もしかしたら、何も価値を見出すことができないかもしれない(まあ、そんなことはまずないとは思っているが)。何事も、自分自身が心の底から納得し、やるならやる、やらないならやらないを決定し、行動に移すことが常に大事である。だから私は「やる!」と決めた。「やってやってやり抜いてやる!」と決めた。他人に強制的にやらされているのではなく、間違いなく、今私は自らの意思の元に好き勝手に“走る”という行為をやり続けている。自分の中で100%納得できるまでとことんやってやろうじゃないか。
走ることが大大大嫌いで、自他共に認める万年運動不足野郎だった私が、突如として“走る魅力”にとり憑かれてしまい、その価値や意味をこれから見出そうとしているという、ちょっとおかしな物語。
はじまりはじまり~。
追記
私に、人生の大いなる楽しみの1つ(になるかもしれない)「走ること」を始めるきっかけを与えて下さったW社T社長に心より感謝申し上げます。
本ブログ開始以前までのトレーニング状況の確認は、私が運営しておりますもう1つのブログ「ビジネスブログ.net」にてご確認頂けます。

ビジネスでかれこれ5年ほどお付き合い頂いているW社様主催の忘年会に参加させて頂いた私。通算3回目の参加だろうか。
美味しいお食事、そして、お酒も進み、ちょっとほろ酔い気分になってきた頃、W社の皆様がその年の11月末に参加された「河口湖マラソン(42.195km)」の話題になる。※本大会の正式名称は「河口湖日刊スポーツマラソン」。
正直、学生の頃から、陸上競技は勿論のこと、特にマラソンのような“長距離走”は、大を3つ以上はつけたいほどに大大大嫌いなジャンルのスポーツだった為、自分には無縁の話として、失礼ながら、半分うわの空でその話に耳を傾けていたような記憶がある。
何故長距離走が嫌いなのかは、言うまでもなく、苦しいし、疲れるから。と言っても、実際にマラソンをしたことはないので、あくまでそんなイメージということ。きっと、「フルマラソンに出場するなんて、今まで一度も考えたことがないよ」という、膨大な数のマラソン未経験者が抱く思いや理由とほぼ同じだと思う。
ちなみに、一応申し上げておきたいのだが、私はスポーツが決して苦手なわけではない。と、自分では思っている。幼少の頃から、水泳、野球、テニス、卓球、バレーボールと、まあそれはそれは様々なスポーツをそれなりにやってきた。数は少ないけれど、自慢話だってある。中学時代─確か中学2年生の夏だったと思うが─体育の授業の際に、男女関係なく、クラスの全員が半強制的に「ケンスイ(=鉄棒にぶら下がり腕の力だけで体を上に持ち上げる競技(?))」をやらされた。ほとんどのクラスメイトが10回もできずに鉄棒から手を離し、足元にある砂場へ落ちてしまう中、私だけが突出して32回もできた。それは校内で1位の記録であると、教師に言われたのを覚えている。あと1つ。これも中学3年の体育の授業でのエピソード。走り高跳びで、クラスメイト全員中、もっとも高い高さのバーを飛んだのは私である。ちなみに、背の高さは前から3番目くらいだったから、小さい割りに“よく飛ぶ生徒”だったに違いない。そんな自慢話はあるにせよ、この頃から長距離走は大大大嫌いだったし、大の苦手だった。
河口湖マラソンの話に戻そう。
お酒が入り、ちょっとほろ酔い気分だったせいもあって、その時のシチュエーションをはっきり正確には覚えていないが、たしか、W社T社長が私に、
「あっちゃんも来年走ってみる?」
なんて、(たぶん)半分冗談まじりで言ったような。それに対して私が即答した言葉。何故かその言葉だけは今でもはっきりと覚えている。
「やってみますか」
勿論、この言葉も、半分冗談・半分本気だった(ような)。
酒の席とは言え、随分と大それたことを言ったもんである。毎日事務所の椅子に座りどおしで、パソコンと睨めっこをしているような仕事を9年も続けている。更に、自宅から会社事務所まで、スクーターで7、8分ちょいの楽チン出勤。大混雑する通勤電車なんて、私にとっては別世界の代物である(ちなみに、かつてサラリーマン経験も4年ほどあるので、満員電車通勤をしたことがないわけではない)。1日の平均歩数も、きっと1,000歩を上回ることなんてまずないのでは?と推測できるほどの、まさに万年運動不足野郎である。他人から見たら、「あの人、間違いなくメタボまっしぐら状態だね」だろう。そんな私がフルマラソンを走るなんて、はっきり言って無謀であり、夢物語であり、「やってみますか」なんて言葉は、まるで他人の口から出たか、夢の中で言ったようにすら感じる。
しかしながら、私の性格上、言ったことは必ずやる、又は、せめてできる限りのことはする、というのが、日常的な揺ぎ無いモットーである為、心の中では「あー、言っちゃったよ・・・」と思いつつも、一方では、ヒトカケラ程度の「やってやろーじゃないか!」という想いがそこに生まれた瞬間だったことに間違はないだろう。
年が明け、2009年1月10日。
この日が、2009年11月29日開催の河口湖マラソン出場に向けた、記念すべきトレーニング開始日である。
200mほど走っただけで息が切れて、歩いてしまうという散々な状態。何とかかんとか、3、4kmは走った。いや、歩いた。そんな結果だった。初日だと言うのに、この時点で既に心が折れかけたのを覚えている。「私にはマラソンは無理かな・・・」と。いずれにしても、私にとっては、忘れようにも忘れられない日である。
そんな、箸にも棒にもかからないような状態だったから、この日の時点では、まさか、今日(2009年9月3日)までトレーニングをし続けており、累計420km以上を走破しているなんて思いもしなかった。先月8月には、いよいよ本気モードに突入した感ありで、1ヶ月間で141kmを走った。恐らく、これまでの人生で最も走った1ヶ月間であることに間違いない。9月は150km以上を走ろうと心に決めている。又、まだ河口湖マラソン出場前段階だと言うのに、既に2010年2月29日開催の「東京マラソン」にまでエントリーしてしまう始末・・・。甚だ、自分でも信じがたい現実がここにある。密かに、「サロマ湖100kmウルトラマラソン」にいつか出場してやる!とまで考えはじめているくらい。自分で言うのも変な話ではあるが、「オレ。一体どうしちゃったんだろう?」というのが正直な今の心境である。
いずれにしても、今の私は、完全に“走ること”に陶酔しきってしまった。たしかに、走るということは、事前の予想どおり、いや、予想以上に苦しいものだった。しかし、今では、そこに爽快さを見出している。走り切った後の達成感に病みつきになっている。息が切れ、それまでには走ることができなかった距離の壁をちょっとずつ破れるようになってゆく自分の変化に驚いているし、それを楽しんでいる。そして、今後も更にトレーニングを積んでいった先の未来にいる自分の姿に期待すらしている。間違いなく、肉体的にも精神的にも、今よりも遥かに強靭になっている自分が、そこにはいるはずだ。
今現在の私の年齢。35歳と2ヶ月ちょい。小さな小さなIT系企業(株式会社ネットアロー)の経営者という立場で、日々それなりに忙しい毎日を送りつつも、仕事後、ランニングウェアとシューズを身にまとい、疲れた体に鞭打って、自宅近くの浅川土手に走りに出る。休みの日も、飽きずに黙々と走る。走る。走る。今、もしも、「苦しいし、疲れるのに、なぜそこまで走るの?」という問いを他人に投げかけられたとしたら、今のところはっきりとした答えは出ない。いや、出ないというより、まだ無い。これが今の私の心境を表す的確な表現であろう。でも、明くる日も明くる日も、我慢強く、ひたすらに走り続けていくことで、いつの日にか、その価値や意味が自分の心の中でぱっと明確化されるような気がしている。万が一ではあるが、もしかしたら、何も価値を見出すことができないかもしれない(まあ、そんなことはまずないとは思っているが)。何事も、自分自身が心の底から納得し、やるならやる、やらないならやらないを決定し、行動に移すことが常に大事である。だから私は「やる!」と決めた。「やってやってやり抜いてやる!」と決めた。他人に強制的にやらされているのではなく、間違いなく、今私は自らの意思の元に好き勝手に“走る”という行為をやり続けている。自分の中で100%納得できるまでとことんやってやろうじゃないか。
走ることが大大大嫌いで、自他共に認める万年運動不足野郎だった私が、突如として“走る魅力”にとり憑かれてしまい、その価値や意味をこれから見出そうとしているという、ちょっとおかしな物語。
はじまりはじまり~。
追記
私に、人生の大いなる楽しみの1つ(になるかもしれない)「走ること」を始めるきっかけを与えて下さったW社T社長に心より感謝申し上げます。
本ブログ開始以前までのトレーニング状況の確認は、私が運営しておりますもう1つのブログ「ビジネスブログ.net」にてご確認頂けます。

